スター・ピープル

 日米で共にプロ野球のプレーオフが佳境を迎えている。やはり今年はヤンキース・松井の独特の存在感が出色であり、ワールドシリーズ第2戦での先制アーチには全身が総毛立つような感覚を覚えた。これが“スター誕生”の瞬間かと改めて思い知る。

 さて気になる高知のスターホース2騎の情報を。
 
 ナムラコクオーは9月27日のAB混合戦を最下位入線。中越豊光騎手はレース中に異常に気付き止めようとしていたが、結果的にゴール板まで馬が走ってしまった。診断は前足靭帯の損傷。屈腱炎でないところが逆に大問題で、現在外厩にて経過観察中だが復帰できたとしてもかなり時間が掛かりそうだ。ただしまだ引退といった話は出ていない。
 
 イブキライズアップは9月28日のA級特別を勝って、さあ次走の白山大賞典というところでトモの副管骨骨折により出走を辞退。程度は軽微で無理すれば出走可能だったそうだが、さすがに一線級を相手にするグレードレースにきちんと仕上げられずに挑戦するわけにも行かず休養となった。早くて珊瑚冠賞に間に合うかどうかという状況だが、こちらも経過観察中といったところか。
 
 
 -閑話休題-

 10月14日、園田競馬場に寄らせてもらった。朝のうちはもっていた天気も昼前からは雨となり午後は一時本格的に降ってくるという生憎の空模様だったが、梅田のホテルから競馬場までは阪急電鉄・無料バスでスムーズに移動できる。
レース前の展望番組をパドック脇のモニターで拝見。1Rの入場行進が終了したところで吉田勝彦さんがいらっしゃる実況席にお邪魔させてもらう。お会いするのは昨年3月の「実況アナウンサーフェスティバルin高知」以来だ。

 園田・姫路競馬場の場内実況を担当する吉田勝彦さんは昭和12年の生まれ。
18歳からこの仕事をされているというからもう間もなく50年のキャリアとなる。筆者が末席にいる競馬実況アナウンサーとしてこの年数は現役最長(年齢はまだ上の方がいらっしゃるが…)で、その実況は他に追随するもののない程の表現力を誇る。最大の特徴は“語り”。スポーツ実況というものは定型の口調と言うものがあって、大抵の場合その枠組みの中で表現の工夫をこらすといったアクセントのつけ方をするものだが、吉田さんの場合は逆に「語りの中にスポーツ実況の枠組みを取り入れた」と考えると分かりやすい。

 幼い頃は父に買い与えられた本を音読する事が日課だったという吉田少年。中には講談本などもあって自然とアクセントを付けて読む事を覚えたという。
競馬の実況を仕事としてからは、より深く競走馬や競馬そのものの理解を深めるために厩務員も体験した。騎手になりたい気持ちも芽生えたが、「その手首の固さでは無理や、お前は騎手を男前にしてくれればいいんだ」という親しい乗り役の一言で迷いを捨てた。まるで芝居の劇場で役者に投げかけられる合いの手のように、今も吉田さんはレース実況で騎手の名を呼ぶ。最高の騎乗には最高の実況で応える。そうしてあの素晴らしい実況が紡がれていく。

 筆者は競馬実況デビュー直前に姫路競馬場で吉田さんに初めてお会いした。
それまでローカルのラジオ局でしゃべってはいたが、競馬はずぶの素人。もちろん競馬実況に関するノウハウを持ち合わせているはずもなく、それでもなんとかしなければならない状況を見かねて蘇武直人さん(地方競馬全場で実況を達成したこちらも素晴らしいオールマイティアナウンサー)が「吉田さんの所に勉強しに行こう」と誘ってくださったのだ。その時に蘇武さんは「初めて吉田さんの実況を見たときに“この人は人間じゃない”と思った」と教えてくれた。あれから9年半が経過して、その言葉の意味がようやく筆者にも分かるようになったのかもしれない。今回改めて吉田さんの実況する背中を見て、そして実況を聞いてその高みを知る。レースの始まりから最後の一言までもが“語り続けて”いる。これが果たして言葉でこうして書くほど簡単であろうものか。
正に蘇武さんの言うとおり“人間ではない”技術なのであって、吉田さんは異星人なのかと思わせる所以だろう。

 そんな吉田さんの実況を音楽に例えればこれは“ブルース”だろうと筆者は思っている。演歌や歌謡曲ではなく、またロックやラテンとも違う、ちょっとモーダルで変幻自在だが、しっかりと落としどころへレース全体を導ける。そしてソウルフルでエモーショナルであり、且つ“関西”の香りを残している…。
勝手な妄想で申し訳ないが、そんな吉田さんの事務所に置いてあるCDラックの中にマイルス・デイヴィスの「スター・ピープル」を発見してしまった。このアルバムはジャズの帝王と呼ばれた(ちなみに園田の帝王と呼ばれたのは田中道夫現調教師)マイルスが休養からカムバック後にスタジオ録音を行った第2弾で、ファンク・ブルースといった路線へ強力に前進を見せた1枚だ。ジャケットはマイルス自身が描いた「スター・ピープル=異星人」の前衛的な絵であり、タイトルナンバー「スター・ピープル」は生涯でも最も丹精を込めたであろうブルースだ。音楽コラムではないのでこの辺にしておくが、このジャズアーティストにしては革新的な一枚を吉田さんが聞いていたことがとても嬉しかった。マイルスは既成概念に囚われず、ひたすら前へ前へと進んだ人でありそれはまた音楽(≒ジャズ)というものの地平を切り開いていくことになった。
吉田さんが競馬実況というジャンルの大いなる開拓者であることとも重なる部分である。

 白山大賞典は園田の実況席でモニター観戦。兵庫代表マッキーローレルが2着にハナ差と迫る大活躍。吉田さんのお弟子さんに当たる竹之上次男アナウンサーはもはや抜け出してしまった勝馬イングランディーレそっちのけで大声援。
もちろん筆者も一緒になって「交わせぇ~」の大合唱。惜しくも3着ではあったが、「うちの馬」の活躍に沸き立つ想いはどこへ行っても同じ。イブキライズアップが出ていたらなぁ、はもちろん筆者の胸の中の叫び。

 高知のスタージョッキーだった北野真弘騎手にも会うことが出来た。先日の珊瑚冠賞TR足摺特別をシンワタイクーンが勝利したのもちゃんと知っていて、やはり高知の事はいつも気になるのだなと感じさせてくれた。再デビューに向けては決して平坦な道ではないのだが、それでも周囲の環境が整い一刻も早くその勇姿が見られる事を祈りたい。少し風の冷たい阪急園田駅で電車を待ちながら「今日は寒いねぇ」と身を縮める格好には、焦りを押し殺し、いずれまたスターとして輝くための強い気持ちを感じ取る。頑張れ、マー君。

 北野騎手とは本来ならば春以来の逢瀬となるはずだったが、実はつい先日高知で会っている。高知で所属していた土居高知調教師が逝去されたのだ。カイヨウジパングで高知初の三冠制覇、“旅がらす”ミストフェリーズではマーキュリーC3着になるなど全国を股に掛けた活躍を見せた土居師。名古屋競馬場や盛岡競馬場で管理馬の活躍に期待を馳せながら照れ笑いを浮かべる表情を思い出す。

 そんな土居高知調教師の息子さんと友達だったのが縁で騎手になったのが宮川実騎手。その手首の柔らかさは誰が見ても一目瞭然、地方競馬教養センターでの高い評価を引っ提げてデビューしたのが平成11年の10月だった。デビュー戦はカタマルヒーローの鞍上にあり、先行したリーディングジョッキー・北野真弘騎手の馬を差し切って、なんといきなりの緒戦勝ち。どえらいスター候補が現れたものだと競馬関係者・競馬ファンを驚かせたものだ。その素質は徐々に開花しつつあり、ここ2年で大きな成長を見せている。ただし重賞に関しては未だ勝てず、それは本人にとっても周囲にとっても少々プレッシャーになり始めていた。

 しかしそんな重荷もついに霧消する時が来た。土居調教師とはとても仲の良かった打越初男調教師の管理馬、更に土居調教師の弟さん夫妻が厩務員として担当するホワイトメビウスがなんと8番人気の荒鷲賞を優勝。宮川実騎手がデビュー4年越しの念願であった重賞初制覇を達成するのである。レースには必然があっても偶然はなく、そして“たられば”がないことを承知の上だが、それにしてもこのような巡り合わせは時として我々の計り知ることの出来ないタイミングでやってくる。

 表彰式の後、先に引き上げていく土居厩務員の姿を見ながら「ちょっと後押しがあったんじゃないですかね」と恐る恐る聞いた筆者に、「だいぶ後押しがあったんじゃないかな?」と答えた打越初男調教師。

 「実よ、もうそろそろ重賞勝ってもいいんじゃないか?」
星になった土居高知調教師の、いつもの照れ笑いが思い出された。

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